コロナ禍のお花見自粛は間違い?それとも……

 「桜を見ながら蕎麦を頬張るのも乙だね」

ガード下の蕎麦屋でカミさんと昼飯を食べていた。

「八分咲きくらいかしら、きれいね」


窓から道路沿いに植えられた桜が見える。樹齢どれほどなのだろう。結構幹は太く、道路をふさいでしまった為であろうか枝が落とされていたが、新芽から多くの花が咲き誇っていた。

「食べ終わったら隣の公園を少し散歩しよう」

人と会うまで余裕時間があった。コロナ禍のため、各地でお花見自粛が言われているようなので、少し気遣いながら花見をすることにした。


写真は別の公園の桜 満開で綺麗でした

「いつ頃から日本には、こんなにも桜が植えられたんだろう?」

とつぶやくとカミさんが

「江戸時代は幕府が、花見を推奨したそうよ」

と言った。

花見は政治戦略だったというのだ。


聞くと、特に八代将軍吉宗が桜を多く植樹しているそうだ。治安維持のために様々なことをしたようだが、その一つに花見の推奨があったという。

なるほど、平和な江戸時代といえども大江戸八百八町では、多くの人々が暮らすので治安維持も大変だったのだろう。でも「なぜ花見で治安維持なの?」という疑問も湧きながら蕎麦屋を後にする。


公園に入ると何十本もの桜が綺麗に咲いている。その脇では何十もの屋台が並び、花より団子といった趣である。ここは名古屋の桜名所の一つ、鶴舞公園。

「30年ぶりくらいかな? 当時より桜の樹が年とっている気がする。ってことは俺も年取ったってことか!」

公園の桜は、その樹齢のためか大きな枝をかなり落としてある。先日、町の長老が、ソメイヨシノの寿命は、せいぜい80年ほどと言っていたのを思い出した。

この公園の桜は、私が若いころに枝ぶりもよく咲き誇っていたから、樹齢50年くらいだと思われる。全盛期を過ぎても「まだまだ頑張るぞ!」と意気込んでいる自分と同じような気がして、非常に親近感がわいてきた。


老木の根のあたりからも新芽がでて花が咲いていた

そんな少し老いぼれた桜だが、何十本も咲いていれば、それはそれで綺麗な光景だ。その綺麗な桜を見ていたらふと、現代の治安維持戦略は、江戸時代のそれとは違った方向へ向かっているのではないかと思えてきた。

屋台が並ぶその光景は、いつもと同じような印象だったが、見渡すとコロナの影響が出ていることがすぐ分かった。「立ち止まらないで!」「立ち食い禁止」などの文言が目に留まる。

そもそも花見は、うっぷん晴らしが目的で奨励され、庶民の不満解消により治安維持につながったのではないか? それがこれでは不満解消とは正反対だとつぶやきたくなる。


近くのビール工場も出店していたが、肝心のビールを売っていない。そのほかの屋台もノンアルコールのみ販売している有様である。

これはコロナの影響なのか、それとも時代が変化して酔っ払いに世間が冷たくなったのか疑問が最後まで解けなかったが、昭和時代に場所取りまでして夜桜見物をしていたサラリーマン時代の光景からすると寂しい現実が目の前にあった。


江戸では飢饉が発生したり、火事が多かったり、疫病が蔓延したりと社会不安から治安維持が難しくなることが多かったようだ。庶民は憂さ晴らしに娯楽に走り、歌舞伎やかわら版などの庶民文化が花開くことになるが、幕府はたびたび倹約令を出している。そんな中で、花見は奨励されてきた健全な娯楽だったのだ。庶民は、桜を見るために弁当を持参して、遠足のような花見を楽しんだようである。当然酒も入った宴だったであろう。


江戸庶民に限らず、つい先日まで日本中で花見は宴であり、息抜きだった。

ところがコロナ禍の花見には、子供の面倒を奥さんに任せて屋形船で宴会している旦那が感じる、あの後ろめたさがあるではないか……


二日後にテレビで放映されていた東京中目黒川の花見の様子でも同じような感覚を抱いた。

「密だ!」との論調で、花見自体が後ろめたいものになっているかのような……

江戸時代の政治戦略とはかなりかけ離れ、庶民の娯楽としての花見は遠くなっていた。


確かに行動しにくい。動けない。モヤモヤする。

もうすでに1年以上自粛を求められる生活が続いている。経営するゲストハウスも閑古鳥だ。そこへかなり気を使いながら訪れるゲストとのやり取りに、やりきれなさを感じることがある。

「こんな時期に旅行に来てスミマセン……」

と一言断ってから宿泊する人が少なくない。当然、誤ってもらう必要もなくこちらが恐縮してしまうような話が、一般化してしまったのが悲しいのだ。


疫病蔓延という非常事態であるから、今の政治判断に文句を言うつもりはない。誰が悪いわけでもないと思う。しいて言えば、地球上の人類が増えすぎたことと、世界中どこへでも移動できる手段を手にしてしまったことが、今回の事態を招いたのであろう。

それが分かっていても、人は一度手に入れた自由を手放すことは、なかなかできないであろうし、不自由を強要されると反発したくなる。ホントにこの1年は、そんな連続だった。


けど、ぼやいてばかりいても仕方ない。ワクチンも接種が始まっているし先は見えてきた。もう少しばかりの辛抱だと、老齢にも負けず咲き誇った桜を見上げながら、「よし、同輩! 俺も頑張るぞ!」と春の陽気の中でつぶやくのであった。


GUESTHOUSE MADO

オーナー大島

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