作り手の想いに触れた日

前職はアパレルだった。

大学を出てから28年、一貫して構造不況業種と言われた繊維畑を歩んできた。


そりゃもうファッションと言われる業種だし、一発当てれば大儲け! 海千山千の人々も多く、華やかな業界であった。自分もDCブランドに身を包み、テキスタイル営業からキャリアをスタートさせたのがバブル絶頂期の1987年。

そこから時代の流れに翻弄され続けた28年だった。百貨店アパレルなど様々な職種を経験したのち、独立したのがグローバル経済がいよいよ拡大する1997年だった。バブルは崩壊するわ、日本での生産では価格が合わなくなり海外へシフトするわ、経済に合わせて生活も激変していく中で、行きついたのは大量生産への辟易とした感情だった。


ファッションが大好きでこの業界に入ったが、いつの間にか独創的で創造性溢れるものではなく、量と価格、納期だけのつまらない構造物になり果ててしまった気がした。ある日、食事を取りながら

「もう、限界かな?」とつぶやくと、カミさんが

「やめよ! やめと!」とすぐに反応するではないか! 元々、嫌だというカミさんを業界に引き留め、一緒に経営をしてきたパートナーのその素早い反応に、

「しまった! 火に油を注いだ!」と内心つぶやきながら、時代に抗わずたどり着いた次の業種がゲストハウスであった。


話は長くなったが、それから6年、繊維畑へ戻ろうとも思っていなかったし、関りもしなかった。それがあるきっかけで久しぶりに生地工場へ行くことになったのが先週のこと。

そこでは構造不況業種の中で、もがきながら磨き上げられた心が感じられた。今日お話しするのは、そこでの風景と感じたこと。少し専門的な語句も出てくるが、身近な服を作るまでには様々な工程があり、たくさんの人の手を介していることを感じながら読んでいただきたい。


目指す木綿織物工場は、車で30分ほどの場所にある。小幅織物と言って、着物の生地幅(約45cm)の織機を見るのは、初めてなので興味があった。小幅織機と言えば、古臭く、非効率でなんとなくダサいイメージを抱く。その上、この工場ではシャトル織機といって、緯糸(ヨコイト)を挿入する杼(ひ)という装置が左右に行ったり来たりする旧式織機が200台ほどあるというのだ。昭和初期にタイムスリップしたような工場で、まるで博物館へ行くようなワクワク感を持ちながら訪ねた。


工場へは工程順に案内してもらった。経糸(タテイト)を整経する整経機がある。経糸と緯糸をどのように織りなして世界観を広げていくかが、織物を作る醍醐味となるが、この経糸を並べて行く整経と呼ばれる工程が、奥深い織布ジャーニーへの入り口となる。どんな糸をどれくらいの密度で並べて行くのか? ここでは出来上がり状態を想像だにできないが、職人は設計されたとおりに経糸を準備する地味な作業をこなしている。


これが整経機。奥に糸を建て手前のビームに巻き取っていく

地味な作業と言えば、次に案内された綜絖通し(そうこうとおし)もそうだ。緯糸を通すたびに経糸を上下に動かす装置が綜絖で、小さなリングに経糸を一本一本通していく作業は気が遠くなるほど面倒だ。アパレルというとおしゃれで華やかな様子を思い浮かべるかもしれないが、服が出来上がるまでは長い道のりがあり、どれも地味で根気がいる作業が続くことを思い出し、ちょっと腰が引けてきた……


綜絖通しの作業。一本一本経糸を通していく地道な作業だ

いよいよ織機がずらりと並んだ工場内へ案内される。

「やっぱり、小さいなぁ」

小幅織機が可愛く感じられた。工場内もコンパクトで、シャトル織機がガチャガチャいう様子は、まさしくガチャ万といった趣である。筬(おさ)が一度ガチャと動いただけで1万円が儲かるという意味の下世話な言葉だが、現在では考える余地もない。私が業界に入った時にはすでに斜陽し始めていた織物業の繁栄当時の光景が、100年ほどたった今蘇っているような感覚に襲われた。

「まだ、やっているんだ……」

このあたりから少しワクワクしてきている自分に気がつきながら、織機に近づいてみる。

「これは、ガラ紡?」不揃いの糸を見つけて、私が質問すると

「そうです。ガラ紡もリネン100%の糸も織っています」と、いとも簡単そうに答えてくれるではないか!


ガラ紡の糸が織られていた。不揃いな糸の雰囲気がわかるかな?

ガラ紡とは、愛知県三河地方で考案された紡績機で、ガラガラ音をたてながら機会が動くのでそう名付けられたものである。その音からしてわかる通り非常に簡素な原理で糸を紡ぐ機械で、紡がれた糸もこれまた不揃いで粗悪なものなのだが、現在的価値観でそれを見ると手つむぎ糸のような味わい深い糸なのだ。私が驚いたのは、ガラ紡もリネン100%の糸も非常に織りづらく、機械調整など手間がかかることが容易に考えられるのに、一般的な綿糸の横並びで生産していることに違和感を覚えたからである。

旧式な機械は調整範囲が大きく、少しバランスが崩れるとベテラン職人が、なだめながら様子を伺うように調整をしなくてはならないが、それを逆手にとって考えると、どのような素材にも合わせて調整できるほど可動範囲が広く、使い方によっては様々な織物ができるということか! と感じてからは、あれやこれやと若き跡継ぎに質問を投げかけている自分がいた。


「うちの会社は創業50年で、最後発なんですよ。だから他でやらないことをやらないと生き残れなかったんです」

50年どんな苦労をしてきたのだろう。聞けば機械の部品もすでに無く、壊れた時には自ら作って修理しているのだとか。

人の手で創り上げる愛情が感じられ、大量生産で忘れられた独創性も存在していた。

改めて「あっ! これ……」とつぶやき、「ファッション。やっぱ好きかも」と思いながら工場を後にした春の暖かな一日であった。


ここで部品を作っている。鉄工所のようだった

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大島

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