旅は避難訓練のようにすると面白い

「明日は葵祭ですから」

もう何十年前だろう。新婚旅行で海外にも行けなかった我々が、訪れた京都の旅館の女将にそう言われて、

「葵祭って、何ですか?」と聞き返したのは。


今思ってもホントに若かったし、恥ずかしいばかりである。京都三大祭りの一つ葵祭を知らずに前日宿泊したのだから。ただ、若さの特権で恥もなく聞いたことが功を奏して、人が少なく行列が良く見えるポイントを教えてもらい、翌日そこへ赴くことができた。


下賀茂神社から上賀茂神社へ向かう鴨川の土手を、穏やかな春の日差しの中でゆっくりと優雅に行進するそのさまは、今振り返ってみると平安の時を思い起こさせる異次元な空間であり、旅ならではの非日常であったのを記憶している。ところが残念なことに若い私には、その行列は大きな興味を抱かせるものではなかった。


さて、時は何十年と流れ今週、吉野山へ行った時のことである。

桜を観に行こうと勢い込んで出かけたが、残念なことに今年は桜の開花が早く、一番上の奥千本と呼ばれる桜も見ごろは過ぎてしまっていた。残念…… とうなだれながらあたりを見回すと、葉桜となった山肌は新緑に覆われ始めており、春の陽気にも誘われて不慣れなトレッキングと相成った。くたくたになりながら散策すること約2時間半。お腹も減って吉野名物「葛切り」でも食べようとふらふらしていると、老舗らしき中井春風堂さんにたどり着く。


吉野山 水分神社の枝垂桜も見ごろを過ぎていた

数年前に女将は桜満開の吉野山に来ており、その時食べた葛切りが甘い味付けではなく女将好みだったそうだが、どの店も黒糖やきな粉の甘味で食べる葛切りを提供していて、結局その甘くない葛切りにはたどり着けなかったので、

「まぁ、この店でいいか」と申し合わせて大きな期待をせずに入ったその店で我々が体験したのは、旅人の目を覚ます手品のようなおもてなしであった。


「ご予約が必要です」

中を見ると、お客は2名ほどで席は空いていた。「この状況で予約?」と怪訝な顔をしていると女将さんらしき人が続けて言う。

「まずは吉野葛切り作りの実演を見てもらってから、葛切りをご提供します」と。

実演しながら吉野葛の説明を20分ほど聞かないと食べられないそうである。


少しばかり面倒だと感じながら、次の実演が15分ほど後に始まり2名ならば空きがあると言われたので、腹ペコ、足パンパンな体に鞭打って待つことにした。


葛という植物の説明から実演は始まった。葛の大きな根が置いてあり、その重さの10%以下しか葛粉が取れないこと、あくを取るために何度も水で晒すことなど、手間のかかる工程を説明したのちに、これからいただく葛切りは葛粉100%であると店主が説明しながら、葛切りや葛餅を手慣れた手つきで作っていく。


腹ペコである。「講釈はいいから早く食べさせてくれ!」というのが正直なところではあるが、いい歳してブツブツ言うとみっともないのでじっと我慢しながら聞いていると、でんぷんの性質なども分り食べるのが楽しみになって来た。


実演も終わりいよいよ実食。とその時、気がついた。

待たされ、教えられているうちに、どんどん葛切りへの期待が高まっているのだ。

「最初の一口は、何もつけないで食べてくれって言ってたよね。どんな味だろう?」とカミさんに言いながら一口頬張る。非常に弾力がある。「うん、うん」と頷きながら食べる…… はっきり言って、食べたことがないほどの味ではないが、期待が期待を呼び満足感が口の中で広がっている。

吉野の桜も散ってしまい、当てもなく山道を歩いていただけの旅人が、あたかも手品師に魔法をかけられ感動を呼び覚まされているように味わい深かった。


吉野山から見る風景 新緑が気持ちよかった

この京都葵祭と吉野山葛切りの二つの旅。どちらも事前知識がほとんどなくその情景やら食べ物を味わっている。しかし、そこで感じる心の動きはだいぶ違うようであった。何が違ったのだろう?


MADOのブログの中でも旅については色々書いてきたが、改めて旅の意味とはと考えると

・自己確認と発見による自己の見直し

・知識面・精神面で成長をする機会

ではないかと思っている。

旅が楽しいものになるかどうかは、このことを意識しながら旅をする心構えができているかどうかだと思うのだ。


京都も吉野山もどちらも心構えは出来ていなかったので、そこそこ楽しめる程度の旅で終わっても不思議ではなかった。ところが吉野山では、実演によって心構えが醸成されたので葛切りに感動したのであろう。

例えば、初めての海外旅行。現地で言葉が通じなかったらどうしよう…… 食べられるものが無かったら…… など緊張を強いられることが多いので、事前の心構えはかなりのもの。その分、道を聞くことができたり、レストランで注文が出来たりするだけで感動しまくった記憶はないであろうか?


こうして自己を見直したり、成長する機会だという意識をもつことが、より楽しい旅を続けるこつ。避難訓練のようにしっかりと心構えすることがミソ。

さて、コロナが収束したら次はどこへ行って、明日への活力につながる楽しい旅をしようかな。


ゲストハウスMADO

オーナー 大島

​最新記事

​特集記事

近日公開予定
今しばらくお待ちください...

​アーカイブ